1年がひとつのRPGだとしたら、年の始めの段階でいきなりラスボスを倒さなければならない仕組みになっていると思うのです、この確定申告という制度は。
昨年末からAIさんをこき使いながら、なんとか不慣れな会計ソフトと戦って勝利を得た気分です。
そんな最中、映画上映のご招待をいただきました。
最初はお断りしようかと思っていました。決して映画好きというわけではありませんし、左目のことを考えると、暗い中で長時間、映像を見るのはどうなのだろう、という心配もありました。
それでも、せっかくのご招待で、しかも「フランス映画の女性形サスペンス」という文言に、どうもただ事ではない気配を感じ、流れに身を任せてみることにしました。
上映されたのは1992年公開のクロード・シャブロル監督のベティBettyという作品で、原作はジョルジュ・シムノン。
事前情報をほとんど入れずに観たのですが、フランス文化の空気がスクリーンの隅々にまで染み込んでいる作品でした。
特に印象に残った場面がありました。妻が、夫の不在中にひとりの男性を家に入れたことによって夫婦の関係が終わるのですが、その行動は一方的に糾弾されるのではなく、まず夫が妻のプライバシーを尊重する、という描写がさらっと置かれています。
日本であれば、不倫だ!最低の妻だ!とワイドショー的にクローズアップされ、物語の中心に据えられそうな出来事が、この作品では、あくまで人生の一部として淡々と流れていく。
自由・平等・博愛は単なるスローガンではなく、生活の土台として根付いているのだと、あらためて思い知らされます。
正しさ、善、清純を好む日本とは違う。人間の成熟の種類が違うというのでしょうか。
観終わってから、シャブロル監督がパリ10区の生まれだと知りました。過去に私が歩いたことのある華やかなパリとは違い、この土地に生まれた人だからこそ描ける人間像なのだろうと思いました。
30年以上前の映画ですが、登場する20代後半の女性はとてもたくましい。
人として正しいかどうか、品があるかどうかよりも、どう生き延びるかがすべて。生物的で、環境に合わせて生きる術を自然に身につけているような人物でした。
この作品をすべての人におすすめしようとは思いませんが、日本で生きづらさを感じている人は、もしかしたら別の角度から日本という国を見つめ直すきっかけになるかもしれない。そして、特に女性は、自分の生き方を広く客観視できるかもしれない、そんなことを考えていました。
多くの人にとって、人生におけるラスボスは、やはり自身の中のプライドなのでしょうね。そのくらい、プライドというものは、生きる上で、なかなか溶けない氷の塊のような存在なのだと思います。