何一つ、年末年始らしいことはしませんでしたが、気づけばあっという間に年が変わっていました。
SNSもやっていないし、テレビも廃棄して久しい。代替のメディアといえば YouTube くらいですが、こちらももう飽きてしまったのか、「とりあえず YouTube でも見るか」という気持ちも湧かなくなりました。
そんな私なので、年末年始を感じたのは、オフィスの玄関にお正月飾りがしてあったことや、大みそかに吉祥寺「小ざさ」で、お年賀用の最中を買うための行列を見たことくらいでしょうか。
あとは、元日に父が餅を送ってくれたので、その上手に延してある餅をどう食べようか思案したり、砂糖醤油の砂糖と醤油の割合を思い出したりしていました。そういう小さな所作のほうが、むしろお正月らしさを実感させてくれた気がします。
そんなことより、昨年12月に私にとっての一大事がありました。
元々の強度近視がさらに進んでいるのは自覚していたのですが、左目の端にキラッと閃光が入るようになったのです。
光というのは本来歓迎すべき存在のはずなのに、目を開けていても閉じていてもはっきり入ってくるこの光は、どうにも不穏です。
調べてみると、網膜剥離の症状に似ている。これはさすがに放置できないと思い、重い腰をあげて眼科へ向かいました。
いつもの視力検査のあと、瞳孔を開く目薬をさされ、30分ほど待つことに。
視界がさらにぼやけていき、私という人間の境界がなくなっていくような、不思議な感覚に陥っていました。
すべての検査が終わり、名前を呼ばれて診察室に入ると、女性医師が神妙な顔つきでこちらを見ました。
ああ、これは手術の紹介パターンではないだろうか、と身構えていると、私の眼球の写真を見せてくださって、説明が始まりました。
実は右眼のほうが進行が早く、すでに網膜がはがれている状態であること。左眼はまだはがれていないこと。
そして、表情ひとつ変えずに、医師は言いました。
「・・・老化です」
その瞬間、私の脳裏に、みうらじゅんさんが登場し、「老おおおおいるショック!」と叫んでこられたので、私は笑いをこらえながら「そうですか」と答えるしかありませんでした。
医師は続けます。
「コンタクトの度数を変えても、今よりも見えるようにはならないでしょう、ただ裸眼では視力があるので、そこは心配しなくていい。気になるなら定期的に検査してみましょう。」
大切な説明をしてくださっているのに、私は脳内みうらじゅんさんに何か返したい、という想いにとらわれていました。そして、出たのがこれです。
「追々、皆、老いる」
結局のところ私の「一大事」は、意外と一大事ではなかったという結論に落ち着きました。
その後は目を労わって生活していたら、閃光の頻度もだいぶ減ってきたので、このまま老化と仲よく共存していこうと思っていますが、自分の残りの職業人生を考える良い機会になりました。
忙しいときは、自分の身体の感覚を忘れてしまいがちです。だからこそ、一日の終わりには、自分なりのマインドフルネスをそっと。