先日、早稲田大学の構内に足を踏み入れるという、少し珍しいことをしました。
早稲田出身の友人が図書館に用事があるというので、「じゃあ、私も行こうかしら」と、特に目的もなくついて行ったのです。
その日は学園祭の前日だったようで、構内は学生たちの熱気で満ちていました。
若さというのは、何かを準備しているだけで絵になるものですね。
私はといえば、学内のカフェで友人とコーヒーを飲みながら、打ち合わせとも雑談ともつかない会話をして、静かに帰宅しました。

数日後に偶然、村上春樹ライブラリーの記事を読んで、「ああ、そういえば構内にそんな施設ができたのだったわ」と思い出しました。
あのとき、ちょっと寄ってみたかったなと、少し惜しい気持ちになったのですが、そもそも私は、何かを見逃すことに関しては、かなりのベテランです。
その流れで、村上春樹さんの短編『沈黙』のことを思い出しました。
「世の中には二種類の人がいる、村上春樹著『沈黙』を読んだ人と、読んでいない人だ」そんな風に言いたくなるほど、私にとっては印象深い作品です。
余談ですが、「世の中には二種類の人間がいる、カラマーゾフの兄弟を読んだか読んでいないか、という表現があったわよね、確か、、、」とAIに聞いたら、「それは村上春樹さんが言っていたと思います」と教えてくれて、そうか、そうだった!と思い出しました。
『沈黙』を初めて読んだのは、10代の終わりから20歳の頃。感受性が過剰な時期だったこともあり、読後の苦しさが記憶に残っています。
細部は覚えていないのですが、「誰にもわかってもらえない」という主人公の感覚が、私自身の何かと重なってしまったのではないかと思います。
物語に登場する青木のような人は、主人公が言うように、確かにどこにでもいます。
そして、彼らは「プライド」という意識で生きているのだと想像できますし、その周囲の人々もまた、同じく「プライド」や「欲望」、または「恐怖」といった意識の層で生きているのだろうと感じます。(参考『パワーか、フォースか』より)
これはジャッジしているのではなく、世の中はそのように構成されているのだと思っていますし、人の意識は完全に固定しているわけではなく、その時々で揺れ動くものだとも思います。
村上さんも、きっとその構造を、ご自身の人生の中で実感されていたのではないかと想像します。
そして、次にまた早稲田大学へ足を踏み入れる際には、今度こそ村上春樹ライブラリーに行ってみたいと思ったのでした。
ただ、忘れてしまう可能性も私の場合は決してゼロではないので、あまり期待はせず、ですが。
参考:
村上春樹著『沈黙』
デヴィッド・R・ホーキンズ著『パワーか、フォースか』